2011年3月19日

被災地物資支援第1便


震災後すぐに弊社で出来ることは、まずは『手の空いている人が動く事。』 だと思いました。東京近郊も材料不足や運送関係の都合、液状化の問題等が勃発し、 何から手を付けていいものかパニックに陥っているかたわら、何もない中、必死に生きようとしている東北の人々の気持ちを考えたら、まずは食べ物や、グループ会社で扱っている仮設のトイレ 等を運んであげようと思い、 某ゼネコンからの資機材依頼要請もあり、全社員を代表して社長が現地に届けに行きました。

東京の南砂にある某ゼネコンの資材ヤードへ日本全国の西側や、南側からお米何十トン、飲料水何全リットル、米炊き基、他食料が即搬送されてきて、それを弊社で場内仕分を行い、各運送車両へと積込む作業をし運搬業者が東北集積所へ搬送する。
その後、東北で各避難所や集会場等、動けずに自宅へいる方々へ届けにいく。
という流れで始まりました。

社長が現地の避難している方の自宅に行った際には、お米が残りカップ1杯分だった所もあり、子供から順におにぎりを渡していったそうです。
現地の状況は想像を絶するもので、何も言葉には出来ませんでした。
ただ、最後まで応援し続け、出来る事は涙を流しながらでもやって行こうと思いました。

我々が応援に行ったのは、震災後6日後でした。翌日、物資を届けたそのわずか20m先で、祖母と孫が2階の屋根下で生存して発見されていました。
うれしくて、ただうれしくて、出来る限りこの活動を続けようと思いました。

災害対策本部の方々と緊急車両として出発。

とある場所は、津波の高さが20mを超える所もありました。

通行止めの高速を必死に補修する作業員達の姿です。



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